まえがき
今回は夏野と冬馬のお話です。
ストレートに想いを伝える夏野と、“好き”を言葉にするのが苦手な冬馬。
そんな二人の、冬の夜の一コマです٩( ”ω” )و
登場人物紹介

SS:夜更けのアイスと、口にできないこと
冬の終わり。
夕方に降りた寒さが、夜の帳をしんと深くしている。
空気はひんやりとしているが、日中の陽射しが暖かかったせいか、街全体がどこか緩んだような、やさしい空気をまとっていた。
冬馬が住むマンション―シンビジウム高梨の一室。
リビングは落ち着いた間接照明に包まれ、テレビの画面だけが静かに瞬いている。時計の針は、もうすぐ日付を跨ごうとしていた。
「ユキ~…アイス、食べたくね?」
ソファでまったり過ごしていた夏野が唐突に言い出した。手にはスマホ、膝にはもふっとしたブランケット。完全にくつろぎモードである。
「……この時間に、冷たいものを?」
キッチンでコーヒーを淹れていた冬馬が、振り返って眉をひそめる。
「そーそー。急に食いたくなってさ。」
「この季節に、その状態で、か?」
「あ、もちろんコンビニ行ってくるのはオレな?」
ブランケットを押しのけて立ち上がろうとする夏野。その肩を、冬馬がそっと掴んだ。
「いい。冷える。私が代わりに行く。」
「いやいやいや、オレの用事だし!なにより、ユキを一人で、夜中のコンビニまで行かせるわけないじゃん。」
危ない危ない~、と冗談交じりに断る夏野。
「40を超えた男に何を言っているんだ…。」
冬馬は呆れながらも、少し黙った後に提案を重ねた。
「……じゃあ、一緒に行こう。」
その一言に、夏野は驚いたように瞬きをする。
「……そっか。そういう選択肢もあるよな」
肩をすくめて、嬉しそうに笑った。
***
夜の街は静かで、街灯のオレンジ色が雪で濡れたアスファルトに淡く滲んでいる。
ビルの隙間を抜ける風はまだ冷たく、吐いた息が白く宙へと消えていく。
二人はコンビニへと続く道を、並んで歩いていた。手はつながない。けれど、歩幅は自然と揃っている。
「こうやって深夜に一緒に歩くの、いつぶりだっけなぁ。」
ふと夏野が口にする。
「去年の春……花見の帰りにコンビニに寄った、あの夜以来かもな。」
少し考えてから、冬馬が答えた。
「あー、それオレが酒買いすぎて、ユキに説教された日な。」
「当然だ。買った分全部飲んで、飲みすぎた挙句にそのまま寝落ちするから……。」
「悪かったって!でもさ、オレ、あの夜けっこう好きだったんだよな~」
「…?」
「ほら、オレ酔ってぐだぐだ言ってたろ?“ユキが隣にいるだけで落ち着く〜”とか、お前にくっついて、恥ずかしいこと散々言ってたと思うんだけど。」
「…」
「悪態つきながらも面倒見てくれてさ。そんで、ユキが俺の頭ずっと撫でてくれたの。あれ嬉しかったんだよな~」
「……覚えているなら、黙っていてくれないか?」
そう言って、冬馬はマフラーをぐっと持ち上げて口元を隠す。うっすらと赤みを帯びたその横顔に、夏野はくすくすと笑った。
***
帰り道。
片手に持った袋の中で、選んだアイスのパッケージが揺れてかすかな音を立てている。
「なあ、ユキ。」
「……なんだ。」
「オレ、ユキの作る甘い菓子も好きだけどさ。たまにはこうやって、深夜に一緒に買いに行くのもいいなって思った。」
「……そうか。」
「うん。だって――」
ふいに立ち止まって、夏野が冬馬の横顔を見つめた。
「こういう何気ない夜に、“ずっと隣にいてほしい”って、改めて思うからさ。」
その言葉に、冬馬は目を丸くした後、ふと目を伏せた。手にしていたコンビニ袋を、きゅっと握る。
「……君は、本当に……ずるいよ。そういうの」
その声音は、少し幼く、かすれるように小さかったが、それでもはっきりと夏野の胸に届いた。
「ずるくていいよ。」
歩き出しながら、夏野が笑う。
「ユキにはオレの気持ちを、ちゃんと伝えたいからさ。」
「…。」
返事の代わりに、冬馬はわずかに息を吐く。
袋を持ち替えると、肩が触れるほどの距離で夏野の隣を歩き始めた。
二人の影が、街灯の下で並んで伸びていく。
冷たい空気の中で、互いの存在だけが温かかった。